CDアルバム 披瀝-hireki- 歌詞対訳
CDアルバム 披瀝-hireki-
R.シューマン・J.ブラームス Lieder
一人の美しい女性が生きたからこそ生まれた二人の天才による歌曲
茶木敏行 / Tenor
小林美智 / Piano
対 訳 茶木 敏行
詩人の恋 ハインリヒ・ハイネ/Heinrich Heine
1. 言い知れない麗しい五月に
言い知れない麗しい五月に
すべての蕾が一斉に花開いた時
僕の心にも愛の蕾が開いていった
言い知れない麗しい五月に
すべての鳥たちが歌いだした時
僕の思いと求める心を
彼女に打ち明けた
2. 僕の涙からたくさんの花たちが芽生え
僕の涙からたくさんの花たちが芽生え
そして僕の溜息は一羽のナイチンゲールの声となる
もし君が僕を愛してくれるのなら
その咲き誇った花々をすべて君に捧げよう
そして君の窓の外では
ナイチンゲールが愛の歌を素敵に響かせることだろう
3. 薔薇と百合と鳩と太陽
薔薇と百合と鳩と太陽
それらを愛することがかつての僕の喜びだった
でも僕はもうそれらを愛さない
たった一人の小さくて、繊細で、純粋な少女を愛すると決めたから
彼女こそが、すべての愛の泉であって
薔薇と百合と鳩と太陽なのだ
僕の愛するのは小さくて、繊細で、純粋なたった一人だけ
4. 君の目を覗き込む時
君の目を覗き込む時
僕のすべての悩みと痛みは消え去る
君の可愛い唇にくちづける時
僕は生命力に満ち溢れる
君の胸に頬を寄せる時
それは僕を天上の喜びへといざなう
君は囁く
愛していると
途端に僕は汪溢する涙を抑えられなくなる
5. 僕は百合の萼(うてな)に魂を鎮めたい
僕は百合の萼 ( うてな ) に魂を鎮めたい
百合は恋人の歌う歌を溜息に響かす
歌はじっと見つめてそして震える
くちづけの時の彼女の唇のように
それは彼女が僕にかつて与えてくれたのだ
言い得ない甘い時間の中で
6. ライン、その聖なる流れの中
ライン、その聖なる流れの中
そのさざ波に映し出されるもの
堂々たる聖なるケルンの町の
その誇れる巨大な聖堂
大聖堂の中、金色の皮に描かれた一枚の絵が据えられている
それは荒れ果てた僕の人生に優しい光を投げかけた
周りに花と天使たちが漂う我らが聖母マリアの面差し
その目から唇、唇から頬
その顔(かんばせ)は愛する人のそれそのまま
7. 僕は恨まない
僕は恨まない
永遠に失われた愛に胸が張り裂けても!
ダイアモンドの光に君が輝こうとも
君の心の夜は光を失い続ける
ずっと僕はそれを知っていたのだ
そう、僕は君を夢で見た
君の心の部屋の闇を夢で見た
僕は蛇を見た、おまえが彼女の心を貪り食らうのを
愛する人よ僕は見た、君が哀れに変わり果てているのを
僕は恨まない
恨まない
8. 小さな花たちが知っていたなら
僕の心の傷がどれだけ深いか
小さな花たちが知っていたなら
その痛みを癒すために
共に涙を流してくれるだろう
僕がどれだけ悲しく病んでいるかを
ナイチンゲールたちが知っていたなら
元気づける歌を楽しげに鳴り響かせるだろう
金色の星たちが僕の痛みを知っていたなら
彼らは空から降りて来て
語り掛けて慰めてくれるだろう
でも彼らは知る由もない
たった一人が知っている僕の痛みを
彼女はそう
自ら引き裂いたのだ
引き裂いたのだ僕のこの心を
9. それはフルートとバイオリン
それはフルートとバイオリン
そこにトランペットが加わって高らかに鳴り響く
高らかに鳴り響く
婚礼の祝福の輪の中心で
楽し気に踊っているのは
心をこめて愛した僕の人
心をこめて愛した僕の人
轟き鳴り響く
轟き鳴り響く
けたたましい太鼓とシャルマイが
その音楽の隙間を縫って
天使のすすり泣きと歎息が聞こえる
すすり泣きと歎息が聞こえる
10. かつて彼女が口ずさんでいた歌が聴こえてくる
かつて彼女が口ずさんでいた歌が聴こえてくる
激しい痛みの衝動にたちまち僕の胸は砕ける
暗い憧れが上へ上へと
森へ僕を追い立て
抱えきれない巨大な痛みに
ただただ一人そこで慟哭する
11. ある若者がある娘を愛した
ある若者がある娘を愛した
でも娘は別の男を選んだ
でもその男もまた別の娘に恋をして
その娘と結婚してしまった
娘は腹を立てて
道で最初に出くわした男を自分の伴侶と決めてしまった
それで若者はすっかり気分を害してしまった
これは昔からある話だけど
いや今でもありうることだ
今この瞬間こんなことが起きたら
心は真っ二つに裂けてしまう
12. 陽の注ぐ夏の朝
陽の注ぐ夏の朝
僕は庭をそぞろ歩く
花たちは囁き合っている
でも僕は黙って彷徨い進む
花たちは悲しい眼差しで僕を見て
小さな声で語り掛ける
「私たちの姉妹のことを怒らないでね
悲しみに青ざめたあなた!」
13. 夢で僕は泣いた
夢で僕は泣いた
君が墓に横たわっている夢だった
目が覚めた時
涙はまだ頬を流れ落ちていた
夢で僕は泣いた
君が僕を捨て去る夢を見た
目が覚めてもまだずっと声を上げて泣き続けた
夢で僕は泣いた
夢で君がまだ僕を思ってくれていた
目が覚めても僕の涙は長い間滂沱と流れ続けた
14. 毎晩のように夢で君を見る
毎晩のように夢で君を見る
そこでは君は優しく僕に微笑みかける
僕は思わず君のその愛らしい足もとにひれ伏して泣いた
君は僕を悲哀の眼差しで見つめ
ブロンドの小さな頭を何度も横に振る
そして宝石の涙の雫が君の目から零れ落ちる
君は秘めやかにそっと一言僕に告げる
そして花束を
糸杉の束を僕に差し出す
僕は突然目を覚ます
でも糸杉の束はどこにもなく
彼女が囁いた言葉は
もう思い出せない
15. 古いおとぎ話から
古いおとぎ話から白い手が招く
魔法の国から歌と楽器が響き聴こえる
金色の夕映えの中で花々が咲き乱れ
花嫁の顔 ( かんばせ ) のように愛らしく香り立っている
緑の木々は古代のメロディーを歌い
風は密やかに鳴って
鳥たちはそこに向かって歌い飛ぶ
幻想的な霧が地面から湧き上がり
不思議な歌の中で輪になって風のように踊る
枝葉からは青い炎が飛び散り
赤い光が走って彷徨い
集まって一つとなる
大きな音を立てて天然の大理石から泉が吹き出し
川の中に奇妙な光となって反映して消える
ああ、僕はそこへ行くことができて
そこは僕の心を喜びで満たす
すべての苦しみは取り払われ
自由と幸せだけが残る!
ああ、それぞれの国が満ち足りている
そんな夢を僕は度々見る
でももちろん朝の太陽はやって来て
夢は空しい泡のように消え去る
空しい泡のように消え去る
16. 昔の邪悪な歌
昔の邪悪な歌
忌まわしく邪(よこしま)な夢
それらを今こそ葬るため
巨大な棺を用意するんだ
他にもいくつかの物をそこに収めるが
ここではまだそれが何かを口にしない
棺はなお巨大でなくてはならない
ハイデルベルクの樽よりもだ
それから硬くて厚い板壁で設えられた棺台も用意するんだ
それは更に長くなくてはならない
マインツの橋よりもだ
そしてまた十二の巨人が必要だ
彼らは屈強でなくてはならない
ラインの畔のケルン大聖堂のクリストフよりもだ
彼らはその巨大な棺を持ち上げ
海へ落とし沈める
これほどの大きな棺には
海という巨大な墓が相応しいからだ
君たちには分かるか
この棺がどうしてこんなに大きく重いか
僕は僕の愛と
そして僕の痛みを共に葬るのだから
J.ブラームス歌曲
夏の宵/H.ハイネ
黄昏は夏の夕暮れに横たわる
森と緑の草原の上にも
金色の月は青い夕空の中
匂い立つ慰めの光を
それらの上に投げかけている
川岸でコオロギが泣き
せせらぐ水の音がする
彷徨う者はどこかに弾ける水の音を聞く
彼はそっと近づいて息を呑む
夜の静けさの中で
その川岸でたった一人
美しい妖精が水浴びをしている
彼女の腕と項 ( うなじ ) は白く愛らしく浮き立つ
淡い月の光の中で
真如の月/H.ハイネ
夜が見知らぬ道に横たわる
病んだ心
そして疲れ果てた体
ああ、それは静かな祝福のようにそこに流れる
甘き月、あなたの光が降り注ぐ中で
甘き月、あなたの光で追い払いたまえ
この夜の暗き闇を
我が苦しみは溶け流れ
それは漸く我が眼 ( まなこ ) を溢れ流れる
春からの鼓舞/F.ガイベル
人知れず満ち足りた香りが
森の斜面を下って
もう私に挨拶を送っている
風が私の頭上高くで
今年最初の雲雀の声を含んで漂っている
その可愛い声に魅了されながら
種の撒かれた畑に出てみる
まだ半分まどろみに酔いしれたまま
軟らかな春の光に向かって
種は膨らんでいこうとしている
何という憧れ!何という夢!
ああ、お前はそれらの前で燃え尽きることを望んでいるんだ
花と共に、木と共に
老いた心よ、さあ今もう一度花開け
夕映え/A.シャック
ようこそ、日没の一瞬!
あなたをずっと愛してきた
あなたはすべての傷を癒し
私たちの魂を優しく抱きしめてくれた
湿った夜気を含んだ風が
あなたの夕暮れの光を吹き過ぎる
騒がしい昼間の光から追いはらわれた
彼らの面影がそこに揺らめく
夢と思い出が
子供のころの時間に寄り添い
精霊が過ぎ去った幸せを
そっと囁き始める
青春の日々を味わって
我々は父なる家に帰る
子供のころに私たちを抱きしめてくれたその腕は
再び広く私たちに向かって広げられている
別離の悲しみの後
長い歳月が流れ
今我々はそこに帰って行って
愛する人々の胸に抱かれ
安らぐことが許される
軟らかなまどろみが
瞼を重くするうちに
解き放たれた幸せが
私たちの上に沈み落ちて来る
かの人たちの住むあの世界から
今は触れられぬ愛/K.カンディドゥス
遠い国から黒い燕が戻り
鸛 ( こうのとり ) は新しい幸せを携えて帰り着く
雲が立ち込める
この暖かい春の朝
かつての愛の痛みが
私を再び苛む
まるで誰かが私の肩を静かに叩いたよう
あたかも鳩の羽ばたきが耳元で聞こえたように
ドアを誰かがノックするが
外へ出ても誰もいない
ふとジャスミンの花が香るが
私の手には花束はない
遠くから私の名を呼び
その瞳はじっと私を見つめる
古い夢は私を捕らえ
それはまた私をいつもの小道へといざなう
湖上/C.ケストリン
優しい湖よ
そっとこの小舟に寄り添ってくれ
敬虔な愛の揺りかごよ
気を付けて波間に漂うんだ
湖の波のせせらぎよ
そんなに大きな声で話さないでくれ!
こんなに僕に心を開いている
彼女の声だけを聴かせてくれ!
燃える太陽の光に
水面の波は震えている
ひょっとしてこの愛の営みに
密かに感づいたんじゃないか?
小舟よ遠く
岸辺からもっと遠く離れろ!
この澄んだ空の下から
誰も僕たちを連れ出せないように!
人々の噂話から遠く
そして人々の思惑から遠く
漂い浮かぶエデンのように
そっとこの小舟を楽園へと運んでくれ!
君は僕を帰してしまいたいの?/K.レムケ
荒野には風が吹き荒れてる
可愛い人、可愛い人
なのに君は恐ろしい嵐の中
こんな夜に僕をここから出すの?
荒野から山高くに
雪は舞い上がって、雪は舞い上がって
道も谷も池も
まるで大きな白い羽に一掃されるよう
それでも君は僕を止めないの?
ほら、湖から不気味な音が聞こえるだろ
僕が通る道に柳があって
その木の根には化け物が座ってるんだ
それでも君は僕を帰してしまいたいの?
ここ君の腕の中は
何て親密で温かいんだ
ああ、君と一晩過ごせたらって
何度望んだことか
ねえねえ今でも君は僕を帰したい?
二人だけのないしょ/K.カンディドゥス
おお、春の夕暮れの時
おお、菩提樹を吹き過ぎる暖かい風
花々を実らせた木々たち
君たちはそこに寄り合って立って
いったい何をこそこそ話しているの?
僕たちの甘い恋を
秘密にして噂し合っているの?
そこに集まって
僕たちの甘い恋のことを
小声で囁き合ってるの?
R.シューマン歌曲
旅立ちのうた/J.ケルナー
さあ!もう一度乾杯だこの泡立つワインで!
別れの時だ、愛する人たち
さようなら、故郷の山々、育った家!
何かが僕を遠い世界へと強い力でせきたてる
太陽だって空の一処には留まらずに
国を渡って海の向こうへと向かう
一人佇む海辺では
波も生き生きと寄せては返し
騒めく風は大地を吹き抜ける
急いで渡る雲と共に鳥たちはやってきて
遠く離れた故郷の歌を歌う
それは森や野原に響き若者を勇気づける
旅する世界は母そのものだと
見知った鳥たちは海を越えて彼に挨拶をする
彼らは故郷の野原から飛んで来た
花たちの香りは楽しそうに彼の周りを漂う
それは故郷の風に乗ってここまで来た
鳥たちは彼の生まれ育った家を知っているし
花たちは、愛する人たちへの感謝の花束に彼が育てた物
そして恋人は彼の後を追い、彼の腕の中に飛び込む
そのようにして彼にとって故郷はもっとも遠い国となる
天はひと粒の涙をこぼし/F.リュッケルト
天はひと粒の涙をこぼし
海に落ちた彼女は自らを見失った
貝はやって来て彼女をそっと包み込んだ
君はここで僕の真珠になるんだよ
君はもう押し寄せる波を恐れることもないし
僕は君がいてくれることで安らぎを得る
ああ、君は僕の痛みでそして喜び
僕の胸で君は天の涙であり続ける!
天が与えてくれたこんなにも清らかな心
守り育む、最も清らかなあなたの涙を
披瀝/F.ガイベル
かくして我はそなたを愛する、愛しき人よ
自ら死を望むことができないほどに
何はともあれ一つの希望を抱きつつ
かくの如くそなたを愛する!
もしその一線を超えることを自ら望むとすれば
希望そのものが死と同義となってしまう
もし我がその希望を恐れなくなれば
よく知っている、そなたが深く傷つくことを
だから一人ここでそなたを呼び続ける
ただ死が我のもとに静かに訪れるまで
なぜなら今はもう自ら死を望んではいないから
新たな願いを抱きつつ
かくの如くそなたを愛するから!
我が美しき星よ/F.リュッケルト
我が美しき星よ、どうかお願いだ
照らしてくれその明るい光で
私自身を霧の中に見失わぬよう
もっともっとその光で照らしてくれ
我が美しき星よ、迷いを晴らしてくれ
我が美しき星よ、どうかお願いだ
地平線へとその姿を隠さないでくれ
ずっと高みから見下ろしていて
空へともっとこの魂を引き上げて欲しい
我が美しき星よ、あなたのいるその場所へ
愛らしく優しいミルテと薔薇の花/H.ハイネ
愛らしく優しいミルテと薔薇の花
それに香り立つ糸杉と金箔
それらで飾られて埋葬された本
宝箱としての棺(ひつぎ)なるこの本に
僕は僕の歌たちを収めたい
ああ、その棺(ひつぎ)に愛も封印することができれば!
愛の墓の上に花は育ち
花開く前に人はそれを摘み取る
でも自ら墓に入るのなら
それは僕の中で咲き乱れるだけだ
ここにある歌たちは
かつては荒々しく
エトナ山から噴き出る溶岩流のごとく
心情の奥底から吹き流れて
きらめく稲光のような火花を
周囲に撒き散らしていた
今は死んだごとく沈黙して横たわり
冷たく強張って桐の中で青ざめている
だが一旦その上をかつての愛の魂が漂えば
昔の帆脳は新たに息を吹き返す
そして押し寄せる予感に私の胸は騒ぐ
時間を超えて愛の魂は歌たちを蘇らせ
この本が過去から君の手に辿り着くことを
遠く離れた国の可愛い君のもとへ
そこでは歌の魔法は解き放たれ
青い文字が君を見つめる
美しい瞳に映る文字たちは
じっと見つめて哀願する
そしてそっと囁きかける
胸の疼きと愛の溜息で